学校法人安城学園
『教育にイノベーションを』−安城学園100年の歴史と展望−
第2章 刻苦の学園づくり - 苦難の女専設立 #5 (第90話)
公開日 2012/08/22
安城女子職業学校での礼儀作法の指導(昭和5年頃) 人力車の車夫をするある夜、一人の紳士を本郷まで乗せた。着いた先は大きな屋敷だった。門番に警官がいた。家令たちが居並んで出迎えた。

「お前は、女か」

 車を降りる時、紳士はおぼろげに感じていた不審を確かめるようにだいに訊(き)いた。それを警官が聞きとがめた。だいは身元調べなど色々尋問されるはめになった。だが、神はここに“偶然”の介在を差配した。その警官はかつて桜井村の駐在所にいたことがあり、古着商を営むだいの家にも定期的に調査にきて、母やつとは顔見知りだった。聞きただすうち、警官はだいの身元を知って、その奇遇に驚いた。

「あの時の子どもさんがあんたか」

 警官は、子どもの頃のだいも見覚えていたのだった。

「この広い東京でも女で車夫をする者はない。車夫だけはやめるように…」

 警官はそんな旧縁から親身になってだいの苦学生活を案じてくれ、その計らいで、武部邸で住み込みのお手伝いさんとして勤めることになった。武部邸では、奥向きの洗濯ものや仕立物の下仕事を受けて学費を補うことができた。こうしたことに恩を感じただいは、学業成り安城へ帰って学校を経営するようになってからも、夏の講習などで上京した折には、よく武部家にご機嫌伺いに赴いていた。
 今、そのよしみにすがって武部家に借財を願ってみようと思いついたのだった。

―厚かましいとは思うが、背に腹は代えられない。

 思い詰めただいはただちに上京、武部邸を訪ねた。
 あいにく主(あるじ)は不在だった。

「久しぶりですね。学校のほうはうまくいっていますか」

 夫人が応対して、いつものご機嫌伺いでもなさそうな様子を察して、一通り用件を聞いてくれた。

「間もなく帰られるから、用向きを詳しく申し上げるとよろしいでしょう」

 夫人は話を聞き取ると、そう言ってだいを待たせた。
(つづく)
※ 文中敬称略
 
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